有限会社 吉村工務店

自分らしく家づくり 吉村工務店 京都・滋賀・大阪近郊中心に施工させていただいております。

TEL.075-701-5448


〒606-8176 京都市左京区一乗寺塚本町103

吉村工務店について

瀧本 匡志

明治45年3月京都生まれ。

祖父の代に始まる三代目の棟梁。父・貞吉も数奇屋大工であった。 15歳で裏千家家出入り方・岡田永斉氏に弟子入り。兄弟弟子に中村為斉氏がいて親しく交わり、ともに立派な職人になりたいと志したという。
昭和10年以わり、ともに立降、北海道、四国、九州と旅仕事が多かった。
昭和31年独立後はじめて数奇屋建築に取り組み、依頼数々の土間席や茶室を手掛けてきた。
昭和50年に京都・詩仙堂向かいの上田勘一郎氏を紹介され、その移築工事、新築工事に携わる。
平成元年(1989年)、奈良市にある律宗唐招提寺派の寺院、別名は唐招提寺奥之院、西方院茶堂六末庵(伊藤博文公 茶室)移築工事を、数奇屋匠・瀧本匡志、大工頭・吉村忠男、大工・吉村忠幸 三世代で取り組む。
平成2年(1990年)10月落慶。
平成6年1月死去、81歳

京都市勧業館・みやこめっせ(現名称)にて、責任者として多くの職人方と数奇屋建築を創る。
そして、出来上がった建築を船便にてアメリカ・ロサンゼルスへ輸送。

名城大学志水研究室より、旧粕谷逢右衛門邸改修を京都工芸繊維大学名誉教授・中村昌生氏に相談されたところ、瀧本匡志の名が出、その事をきっかけに改修工事に瀧本匡志、吉村忠男で取り組む。

吉村 忠男

昭和19年5月京都生まれ。

父も大工であり、兄弟で大工職人になる。
18歳で大工をはじめ、24歳の時に瀧本匡志の次女と結婚、長男・長女を授かる。
瀧本匡志に数奇屋の技術を学び、共に数奇屋建築、修復・移築工事に携わる。
昭和50年、新築・リフォーム業を開始。
共に、数奇屋の技術を活かした和風建築・現代建築を精力的に行う。
平成10年(1998年)、(有)吉村工務店を設立 代表取締役 吉村忠男
平成17年(2005年)、(有)吉村工務店 会長 吉村忠男就任
現在も現役の大工職人。長男・忠幸に伝統技術を継承中。


吉村 忠幸

昭和44年11月京都生まれ。

数奇屋匠・瀧本匡志を祖父に、大工・吉村忠男を父にもつ5代目、大工職人である。
京都建築専門学校を卒業後、大手建設会社で修業する。
平成 元年(1989年)奈良市にある律宗唐招提寺派の寺院、別名は唐招提寺奥之院を、三世代で取り組む。
平成 6年(1994年)瀧本匡志の死去、ほかの職種に就き色々な事を経験し自分の道を探す。
平成12年(2000年)を期に、大工職人になる事を改めて決意し精進して取り組む。
平成15年(2003年)京都迎賓館(回廊)建設工事に大工職人として参加。
平成16年(2004年)数奇屋の技術(網代等)を現代和風建築に活かした家作りを行う。
平成17年(2005年)8月、(有)吉村工務店 代表取締役 吉村忠幸 就任。
平成17年(2005年)12月25日 KBS京都ラジオ「本田隆朗の京都あったか円かじり」
平成18年(2006年)1月1日 京の匠 に2回にわたり出演。
平成18年(2006年)1月「生き方探求・チャレンジ体験」で中学生の体験活動に取り組む。
平成20年(2008年)(有)吉村工務店兼自邸をリニューアルオープン
            設計 浅見俊幸建築設計室 構造計算 京都工業繊維大学